カウンセリング日記

当事者に寄り添う・・・

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今日はメンズカウンセリング講座第一講、なんと、歴代最小参加者数の六名に。そのぶん、とても濃密な時間となりました。もう贅沢というかなんというか。

私の講義は「男性問題と男性支援」ということで、この三十年の日本の男性運動事情を私の視点で語らせていただきました。男性運動と、男性支援のお粗末な現状と。

行政主導のかなりフェミニズムのバイアスがかかった女性支援が必ずしも女性の回復や修復に役立っていないどころか二次被害が多発しているのと同じように、またフェミニストサイドの視点で男性支援が語られることの危うさにも言及しました。

結局当事者が声をあげて、当事者の視点で支援がなされなければ、ほんとの回復は期待できないと。そして、私がメンズリブ時代から積み上げてきた、当事者視点での援助が、性別加害被害関わりなく、いろんな立場の方の支援に有効であるということも。

この講義の中で女性当事者でかつ研究肌のかたと、専門家の問題点やアカデミズムに関わることの必要性と危うさなどがしっかりと語られました。私にとってもとても有意義な時間になりました。

私が講義の中で出した資料としての男性運動の系譜と男性支援の歴史を貼り付けるので興味ある方はご参照ください。それにしてもなんと私は三十年も運動を続けてきてるんですぅー。

講義の後はロールプレイを、今日は参加者も少ないので、私も20分のセッションを二つ。私がカウンセラー役を行い、クライアントの感情の引き出し方やら、状況と感情の分別、クライアント本人の問題と家族の問題の線引き・・・などカウンセリングでは2〜3回目くらいの展開のカウンセリングをやってみました。カウンセリングが進んでいくと、ナラティブやメンズの醍醐味のカウンセリングにはいつていくのですが、それは今後のお楽しみ・・・

ロープレに関する学びを二時間ほど行った後は、テルさんファシリのグループワークでした。じゃんけんワークや、絵本の読み合わせ、など、深く楽しいワークでした。テルさん、みなさんありがとう。

 

 

 

メンズリブの系譜2017pdf

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男性支援 の歴史

我が国で、男性問題が言われるようになった1990年代初頭、フェミニズムに関わった男たちが、フェミニズムでは男の問題は解決しないと理解し男性自身が男性の問題と向き合う必要性を感じ、日本で初めての男性運動をたちあげた。これがメンズリブ研究会である。月一程度のゆるい集まりで、京都と大阪で交互に開催していた。

三時間ほどの集まりは、男性問題を当事者として語り合う自助的な側面と、学者、研究者などによる学習会的な側面と両義的な意味をもたせていた。集まりには、常連のコアメンバーともう少し気楽に参加するメンバー、新規の参加メンバーなどで十数名から二十名ほどの集まりが多かった。研究者の立場にある者は伊藤公夫、中村正、など。ジャーナリストの立場で関わる者は、中村正夫、中村彰、当事者の立場で関わる者は、水野、味沢、安倍、遠藤、など。他研究者志向の院生、大山や多賀、大束、濱田なども、コアメンバーだったり、どこかに接点を持って関わったりしていた。

95年には、メンズリブ研究会で得られた男性問題に対する理解や男性支援の必要性に対する理解を前提に、その知識を社会還元すべく、男性運動の拠点として「メンズセンター」を大阪は天満橋近くの小さなワンルームを借りて開設した。この時、このセンターを「男悩みのホットライン」の活動拠点にしたし、男のコミュニケーション教室の開催場所とした。これが我が国で初めての男性の男性による男性のための支援の原点である。

味沢は1999年にメンズセンターの隣室に男性運動とはかかわりなく当事者支援のためだけのスペースを開設すべく働きかけたが、運動の足手まといになるとして、大山が反対し、メンズセンター運営会議では、設置を否定されたのでメンズサポートルームとして男性支援の施設を京都に開設した。メンズサポートルームでは男のコミュニケーション教室で培った支援スキルや、中村正がアメリカで学んできた非暴力トレーニングをベースに非暴力グループワークを京都と大阪で開催した。

男の悩みホットラインや非暴力ワークで見えてきた、加害被害の両義性、いわゆる男性被害者や女性加害者に対する支援や、修復的支援の必要性についても支援の対象とすべく2003年に京都に「日本家族再生センター」を設立し、年齢性別加害被害に関わらず、家族問題に関する様々な支援を提供し始めた。そこでは、カウンセリングをベースに、グループワークや、シェルター、アドボカシー、ビジテーションサポート、グルメナイト、料理教室など、複合的な支援を提供し、当事者がワンストップで利用出来るシステムにしている。

その支援では、男と女、あるいは加害被害の対立軸で支援するのではなく、多様で柔軟な価値観で支援し、自己肯定感や他者理解が進むよう育ち直し、学び直しを可能にする意味で多様な個性が対話可能な場になるように擬似家族的なセラピーも取り入れている。このあたり、加害被害の両当事者が場を同じくすることの危険性を言う専門家も多いだろうが、その危険性の根拠は示されていない。むしろ、この十数年の援助実践で、その危険性は単なる人々の思い込みにすぎないということを確信する。

今後の男性支援について、私のような支援はおそらく行政サイドでも男性学学者を含む専門家サイドでも受け入れることは困難だろうし、相変わらず男性加害者から女性被害者をいかに保護するか、男性加害者をいかに脱暴力させるか、そんなバイアスで男性支援の必要性が訴えられ、予算化し、無駄な支援のための支援が行われるのだろう。それでは何も解決しないけれど、専門家は問題解決そのものではなく、問題解決のための支援につく利権を目的とするから、問題解決しないのは当然である。これはこれまでのDV支援や虐待防止関連の動きをみれば一目瞭然。支援のための支援ではなく、当事者が問題解決し、みんなが幸せになるための支援「修復的支援」を行う援助者が増えることを切に願う。

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