支援・援助論 日常

不安に支配される人たち・・・・加害者も被害者も・・・

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現代人は、生育の中で目的・目標を与えられ、目標に達することで評価され承認されます。もちろん到達は新たな目標を提示される、そのプロセスにすぎません。そのための努力はエンドレス。そして、努力を怠ると転落したり、目標未達成を批判されたり・・・そんな恐怖を与えられ、恐怖から逃れるには永遠の努力が求められます。

多くの人が無条件に受け入れてるだろう、努力は成功に勝る、とか、成長は善であるとか、怠惰は身を滅ぼすとかの価値観・・。その裏には不安と恐怖が常に心の奥底を支配しています。

こんな価値観がどこから来たのでしょう・・いつからのことでしょう・・。幸い私は努力しても、ちっともうまくできないし、努力不足を責められ続けていました・・学校教育の中で。しかしながら、両親にはそんなことは言われたこともなく、努力してもできないことを責められたこともないし、ダメと評価されたこともありません。家庭では問題がないのに、学校では問題が起こる・・・これは学校に問題がある・・と早々に気づくことができたので、10歳頃にはすでに努力することを放棄することができました。

とはいえ、世間の価値観では、努力しなければそれなりの適応は難しく、適応不全の私は不安障害を患うことになるし、発作の恐怖から逃れるためにアルコールに頼りました。思春期をすぎた頃には、いっぱしのアルコール依存症者と言っても嘘ではないでしょう。

三十前には、肝臓を患って、それを機に自身の命の意味を理解し得たので、ほとんどの不安や恐怖から解放され、あるがままの私、欲するままに生きていける私になれたような気がします。今の私・・不安や恐怖に支配されることはありません。

自分を動かす動機は、快感であり、喜びであり、感謝です。しかもそれは、命の意味を理解したところから発しているから、他者の命や快感とも繋がっていて、自分一人のエゴにはなり得ません。なんと平和な・・・。こんな感覚を多分、世間では「愛」とか「慈悲」とかいうんだろうと思うけれど・・それは私をして随分豊かにしてくれます。

こんな私からすると、多くの人は不安や恐怖に支配され、そこから逃れるために、優越したり、支配したり、従属したり、所有したりされたりすることが当たり前になっています。自分の頭では考えないし、他者との対話も貧困そのもの・・。これでは、いくら資産があっても、地位権力があっても、名声を得ても・・今の自分に満足することもできないし、喜びを分かち合うこともできない、永遠の孤独を生きるしかありません。

その不安から逃れるために役割にしがみつき、自分の心も他者の心も抑圧します。DVやモラハラの原因はそんなところと無関係ではありません。また今ほとんどの人がマスクして歩くのも同じこと・・不安による支配を受け入れているということ・・。根っこは同じです。マスクして歩く人には、本当の幸せは訪れない・・といえば、多くの人は感情を害することでしょうけれど・・私にはそのように思えて仕方ありません。

だからねー・・マスクしてる場合ちゃうよー・・・テレビ新聞ではなくて、いろんなネット情報をみてください、コロナが妄想パンデミックであること、不安妄想を掻き立てるためにPCRが悪用されていること・・誰かがそういうことを意図していること・・そんなことがわかることと思います。

とかなんとか・・今日は月一恒例のグルメナイト・・三密で、大笑いしたり、おしゃべりしたり・・ずっとこうしてやり続けてるけれど、何の問題も起きません。あたりまえっちゃ当たり前、私のところでは誰もコロナがらみの不安妄想は無関係、そのバカバカしさに気づいてる人たちですからね。

いつぞやのグルメナイト・・・今夜はどんなことになるやら・・(笑)

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