イベント 支援・援助論

子供に自由を・・

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それにしても、先日のあきるのキャンプ、みなさんよー遊んだもんだ大人も子供も。

大抵、こういうイベントは事故のないようにとか、目的を達成するためにとかいって、プログラムを組んで、役割を振って、規律正しく・・なんていう教育的なイベントになりやすいのではないかと思うけれど・・。なんとなくボーイスカウトのイメージかな。

私は集団行動が苦手というか、私の感性には不一致であまり関わりたいと思いません。近代の価値観としては正論で文句のつけようもないのだけれど、私の心身にはふさわしくないと感じる私です。

私はもっと、多様で柔軟、混沌とした価値観を持っているので、近代的合理的な行動様式には馴染めません。

そんな私が主催するキャンプは、規律もゆるやか自由できまま、リーダーもいなければ、共通する価値観もあやふやです。いわゆる混沌に近いのかも。社会構成主義的に言えば、規格化によるマイノリティーを作らない、身体を客体化しない、判断を規格化しない・・みたいな感じ。

そんないい加減な・・・それではグループとしてまとまらない、ハイリスク、目的がわからなくなる・・なんて考えて不安になる人も出てくるでしょうねえ。近代化された現代人にとって、管理されないことの不安は大きいみたいですし。

でもねぇ、何万年と続いた人類の歴史では規格化された思考・行動は近代になってからのことで、前近代の長い歴史の中で人々は規格ではなく、神や自然との調和を基本とした別の世界に生きていたのではないかと妄想する私です。

人類も所詮、地球の中で生きていくしかないわけで、環境の変遷に適応して人々も感じ方や行動を変化させていく・・・曖昧な世界。

所有し支配しコントロールしていく近代の価値観の終焉はもうそこにまでやってきています。こんな時代に近代的な価値観だけしか知らないって、却ってハイリスクに思うけれどね。というわけで混沌としたあきるのキャンプでした。

そうそう、結局はね、子育てに関して、子供達を支配し管理するのはやめてくれって言いたいわけ。子供は親のものではないし親の都合を押し付けるのはやめて、子供のあるがままを極力認めつつ、それぞれの個性のぶつかり合いと調和のためのトレーニングをさせて欲しいということ。それは簡単に言うと、子供からみっつのま(間)を奪わないで欲しいと昔誰かが言ってたこと。時間、空間、仲間。これらをひとことでいうと「遊び」です。子供時代に遊びを奪われたひとは、管理されることに慣れて、自分で考えなくなるし、規格に排除された人は、排除した者を排除しようとして、敵対的な存在になるし・・・個々人としても社会全体としてもハイリスクになります。

たまたま、運悪く・・ということが多く重なるようになり、そこから来る不安は怒りや憎しみに容易に転嫁されて、行き着くところは戦争になってしまいます。

そんな未来を生きるには、管理された家畜ではなく、自由に判断し行動できる自己信頼とか、個別の対人スキルとかを持った、一匹狼あるいは少数のサバイバルグループの方が有利でしょう。

点数とか成績とかで子供を不安にさせるのは、子供の未来を奪うことになりかねません。その結果の成れの果ての物語を毎日聞かせていただいてる私には当たり前のことなんだけれど・・・世間では理解不能なことなんですよねえ・・。声を大にして言いたい・・子供に自由を・・。

釣り人にもらったニジマスの処理に見入る子供達。残酷な風景というのは大人の価値観・・子供達は好奇心で興味津々。

川の小石ですら、宝物になる不思議。

大人たちも解放されて・・子供時代にカムバック。

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