今までに、心と体は続き物って何度も書いてきたように思うけれど、さらに、体は外部環境にもさまざまな感覚受容器でつながっていて、皮膚やら耳やら、目やらそれらはつねに膨大な情報を受け取ってるけれど、情報のほとんどをフイルターにかけてノイズとして処理し、体や心に必要な情報だけを取り入れてるって感じかな。
取り入れた情報を脳内で処理し、処理された結果、情動が発動し、心や身体が動き出すという仕組みのようだけれど、これが無意識裏に瞬時におこるのが体と心と動きと・・の仕組み。これは何らも人間に限ったものではなく、神経を持った生物は基本的に同じプロセスであり、そのプロセスでその身体を環境に適応させて生き延びてきたってところでしょうねぇ。
まあ、人間はそのシステムの根幹である脳を極大化させた生物だから、情報の意味づけだとか妄想だとかを可能にし、環境を自らに適応させていくことすら可能にした結果、どんな世界にも生きていくことが可能になったというわけ。
でもねぇ、近代化によって、人は身体や心の抑圧を受け、安楽に生きれるようにはなったけれど、自分で考えないとか身体を自分でコントロールできないとか・・要するに家畜化していつたわけさ。もったいない話・・と私は思うけれどね。
この辺りのこと、語り出したらエンドレスだからやめとくけれど、こころや体を開いて様々な情報を出し入れできる人と、閉じて、小さな世界に生きる人とでは、まるで人生の意味も喜びも違ったものになるって・・そんなことを昨日の女ワークで語ったかな。今日の男ワーク、明日のオンラインワーク、名古屋、東京でも語るつもり・・・心は宇宙と繋がってるってね。
この辺りが元ネタの参考書・・
ランチはトムヤムヌードル お散歩の時に写した野菊?