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傷つきはなぜ?

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一昨夜のグルメナイト、参加者六名という前代未聞の状況。このグルメナイト、カウンセリングやグループワークである程度力をつけた当事者がより実践的な対話スキルをゲットするためのセッションです。いわゆる加害者と言われる人も、被害者と言われる人もファシリテーターなしで、酒を酌み交わしつつ対話していく場ですから、本音がいろいろ出てくる分、傷ついたり傷つけられたりということも十分リスクとしてはあり得ます。ですから、一般の方にはご参加を遠慮していただいてるということ。

当日は参加者が少ない分気心の知れた者同士、語りは深まります。何やら朝四時半頃までおしゃべりしてたとか。私は二時頃に帰宅したけれどね。参加者が少ない分、オーダーもしれてるので、私も一緒におしゃべりの中に。深まる語りは「傷つき」というテーマになったようで・・・・。

そのテーマの「傷つき」だけれど、人は言葉で傷つきますが、その傷つきは本人の過去体験やその記憶や認知、情動、自己肯定感などと深く関わっていて、単純に誰でも同じ言葉で同じように傷つくわけではありません。

往々にして、傷ついた人は、傷つけた相手の問題として問題を定義します。しかし、相手は傷つけようとして言葉を発したとも限らず、逆に善意で言った可能性すらあり得ます。このギャップの存在を無視して、誰がいいの悪いのと、対話しても、お互いのずれや不信感は増幅することはあっても修復には向かわないでしょう。

セラピストとして私が関わるとすれば、誰がいいとか悪いとかジャッジすることはありませんが、その言葉に関するそれぞれの体験や認知、を深め、ギャップを埋めていく作業を行います。特に傷ついた人のトラウマティックな体験やそこからくる痛み、を終わらせ、認知を変え、自己肯定感を付与していくのが本質的な解決としてセラピーを組み立てます。が、当夜私はセラピストとしての介入もしないで、お話を聞かせていただいてましたがある対話の中で、傷つきがテーマになっていました。

それは以前の集まりで「傷ついた」という人が「傷付けた」という人に「私はあなたの言葉で傷ついた」とアサーティブに語ることができてたようだし、傷付けたとされる人も言葉を訂正することはなく、発した言葉の意味が傷付けることを目的としてた訳ではなく、むしろ期待することからの激励だったとかいう説明をされてたようで、相互理解ができて、お互いすっきりしたとのことで対話が終了したようです。

と言っても、そこに至るに小一時間ほどかかったようですが・・・。かように加害者と言われる人と被害者と言われる人が対話していくということが、それぞれの認知を広げトラウマを終わらせていくことになるのだけれど、そのためにはそれぞれのコミュスキルがある程度備わってないと、対話は難しいという現実があります。

かと言って、加害者と被害者を分離するだけでは、認知も変わらずトラウマからくる痛みも消えることがなく、本質的な解決にはならず、問題を繰り返すことになりかねません。もちろん服薬で解決するわけでもありません。なのに世間では、分離保護・罰則教育という概念でしか支援が存在しないのも事実。

内閣府の危険だからやめなさいという判断は、私にはお粗末すぎて、噴飯物。幸い私は行政から金ももらってないので、いわゆる加害・被害の垣根を取っ払った支援が可能なのだけれど、そのぶん私の支援はボランタリーな活動に終始しています。まっいいけどね。それにしてもあれこれ売れ残った料理、どうしましょ。

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