カウンセリング日記 支援・援助論

助けて神様ぁ・・・なんてこともアリかな

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カウンセラーと資格

私はカウンセリングを援助実践の一つの方法として用いています。いわゆるカウンセラーということ。カウンセラーというのは特に厳密な定義があるわけではないし、カウンセラーという国家資格があるわけでもありません。自分がカウンセラーと名乗ればカウンセラーです。

一般に、臨床心理士、認定心理士、産業カウンセラー、などなど、公的資格もあるけれど、その多くは任意資格です。私の所属するメンズカウンセリング協会では、ある程度の努力や実践のある方に協会認証カウンセラーと名乗っていただいています。

世間の資格は、権威を前提にしアカデミズムや行政権力とリンクして効果を発揮します。けれど、メンズカウンセリングは、そもそも権威や権力をセラピーに用いることを否定していますから、協会認証カウンセラーは権威権力をセラピーに用いませんよ、というカムアウトかもしれません。このあたり、セラピーの違いにも表れてくるのかもしれません。

飲み屋のママがカウンセラー?

しばしば言われるのが、カウンセリング受けたけれど、ちっとも答えてくれないし、解決にもならないのに金だけは高額な請求をされた。とか、飲み屋のママは親身に聞いてくれたし、カウンセラー以上のカウンセラーだ、とかの言葉。

先日のクライアントはずいぶん傷ついてて、人に対する不信感も強かったようだけれど、私のプライベートなことやおバカなことも含む本音の語りで、私を「信頼できる人だと感じて安心した」と語ってくださいました。権威・権力で自分を防衛しないという、メンズセラピーとしての対応があるから、傷ついたクライアントも安心できるのでしょう。クライアントの防衛を解くために、セラピストも防衛を手放す・・・という言い方もできるのかもしれません。

ほんとにセラピーというのは奥深いものです。単なる知識やスキルでできることはしれてるし、資格というのはその些細なところでの是非を問うているにすぎません。カウンセリングは資格があるからできるというものでもないし、ないからできないというものでもありません。

カウンセリングを含め、セラピーというものがもう少し当事者の回復に役立つものになって欲しいと思わずにはいられないけれど、世間のカウンセラーやセラピストには残念ながらあまり期待できないと思う私です。むしろ、たんたんと地域や職場での援助を実践されている方、水商売や風俗で、人の心の隙間を埋めておられる方、そうした現場で人の心に向き合われている方たちに誇りや勇気を持っていただきたいとも思います。

貧乏人には無縁のカウンセリング

そして、私自身がアルコール依存や不安障害から回復して今、とても自由で豊かに暮らせているけれど、いわゆるカウンセラーや精神科医などの力はまったく利用していないということ。精神科医に一度見てもらったけれど、こりゃダメだと、アルコールに頼る日々でした。カウンセリングなんて気軽に受けられる値段でもないし。

結局私の回復は、偶然(必然かも)大病して、自分の死を受け入れることで見えてきた、神との対話によるものというしかありません。こんな私ですから、レジリエンス(精神的回復力)は、人の合理的な判断や社会的価値観だけで理解できるほど浅いものではないと考えるし、セラピーも既存の心理学の枠を超えたものも応用しています。

神様助けてー

クライアントが回復して幸せになるのなら、神様でも悪魔でも登場していただきます。そんな私とクライアントの回復の物語・・・どんなドラマより面白い・・。

そうそう、今日は事務所一階のスペースにクリスマスツリーを飾りました。キリストの降誕を祝うのが本来の趣旨だろうけれど、とりあえず、神と共にある私たちであること、あるがままで受容される空間であることなど、少しでも感じてもらえたらと思いつつ、飾り付けましたとさ。

 

 

 

それと、先日調子悪くなったタニタのヘルスメーターの代わりに、オムロンのヘルスメーターを購入してみました。アマゾンで2300円ほどでした。不食仙人めざして頑張りまっす。

 

 

 

 

 

 

 

 

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