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量子的思考とセラピーと 

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少し前に五年ぶりの方とお話ししました。例のセクハラ騒動では私の無実を伝えるべく骨折ってくださった方。ほんとにあの時は多くのその方のような真実を知ってる方の支援を受けて、私は勇気と信念を持って、捏造された提訴に立ち向かうことができました。判決は司法の無能力、正義を失った裁判官の弱さを証明するものでしかありませんでしたが(笑)

私はすけべで変態、結婚してるポリガミーと自称してるけれど、好みでもない女にセクハラするほど困ってもないし、人の嫌がることを無理強いする趣味もありません。五年前のその時もめんどくさい女ってやだねってその方と話してたのを思い出しながら語りあいました。

そしてその方、五年前のあれ以来人生が大きく変わったようで、仕事も順調、人間関係も豊かになって、どんどん上昇機運にあるとか。けれど、家族のことで再度大きな問題が発生したけれど、それをどう考えたらいいか、私の助言を求めての来談でした。

その家族問題は世間で言えばとても大きな問題で、法的な家族間闘争になりうる話。当然心情も大揺れになるだろうし、家庭が修羅場にもなりうるでしょう。

私は善悪では語らないし、倫理・正義も語りません。家族がそれぞれ得たもの失ったもの、愛着や信頼、喜びや悲しみ、問題の所在、など俯瞰してみるお手伝いをさせていただきました。

自分が何に依存し何に執着し何にとらわれているか、あるいは自分の真に望むものやそもそも自分とは何なのか、家族とは何なのか、などなどいろんな視点で考えることで、自分の問題と家族一人一人の問題を切り分けることも可能となります。さらに感情と思考、認知と情動など、自分の心や思考を解体しあらたな自己概念を再構築することも可能です。

例えば、家族が憎いという感情と家族が愛おしいという矛盾した感情が同時にあるのは、私にとっては当然だしどちらも否定する必要もない。どちらかに基づいた行動を選ぶ必要もない。家族の反応は本人の言動の投影でもあるし、その家族の言動で刺激される本人の感情も本人の過去の体験の再演と言えなくもない。

過去の事実も未来の出来事も、見える現実も真実も、シャボン玉の虹色が止まることなく移ろい変化するように、瞬間瞬間に変化していきます。けれどその中から、人は見たいことだけを見て、それが真実と思ってその世界を妄想していきます。その妄想が現実に投影されて、飛行機が飛んだりパソコンが動いたりもします。

来談されるクライアントのほとんどは、近代の思考や価値観にとらわれて、自由な思考も多様な発想も難しく、困難や不安を抱え込んでしまっています。問題は状況にあると考えるより、状況の捉え方、いわゆる認知の有り様とか、過去の体験の意味づけにあったりするわけで、その問題を俯瞰するために、前近代の価値観やら、唯一絶対的な現実はありえないとする量子的な思考法を参考にする私。

先日の方も、家族全員にとっての最善と、その方自身の行く末と、感情にとらわれない判断ができたようで、過去のネタを笑い話にしながら、笑い声と共に見送らせていただきましたとさ。

そして昨日は、一昨日に準備したリンゴのコンポートとパイ生地で、アップルパイを焼きました。

それに昨日は、少々時間もあったから、ほんとに久々にクリームコロッケも作りました。

あさりのクリームコロッケ・・美味しかったよー。

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