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日本家族再生センター

グループワーク

語り深まる・・ワーク・・愛・・

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先日の男ワーク、なんと参加者二名という前代未聞の参加者数・・私含めて三人の語りになったけれど、お題は、自身のモチベーションについて自己分析する「私の選ぶマイウェイ」。人は何か判断したり行動するときにその動機が存在するけれど、意識的・無意識的なもの含めて、それがどんなものか考え、語り合うことで、自分の情動を理解していこうというワークです。

 

当日はけっこう寒かったし・・・出にくかったかな。

他人の承認や評価を求めるとか、世間体とか出世、お金などもあれば、自分の快感や、好奇心などに由来する自発的な動機も存在します。それらは複雑に絡み合っているでしょうけれど、漠然として理論的な説明が難しい動機に「愛」があるらしいということにも話は及びました。

三者三様、愛に関する概念も実感も異なるようで、確かに親子愛とか、夫婦愛、友愛とか人類愛とか・・それぞれに内容は異なるけれど、ひとくくりにして「愛」といってしまいます。けれど、英語の「 I  Love You 」と日本語の「愛してる」は意味合いが違うし、どれがほんとということでもありません。けれど、その微妙なズレを理解してないと、愛を巡って、傷ついたり、不信感をもったり、憎しみになったり・・そんなことも起こり得ます。また、愛された実感を経験してない人は、なかなか、愛するということの心を理解できないということも。愛という感情の有無・内容はその人の体験と大きく結びついています。

私自身の体験で言えば、子育てする前はよその赤ちゃんの泣き声は、うるさい、でしかなかったけれど、自分が子育てをした後は、赤ちゃんの泣き声で、愛おしさを感じる私になったようです。泣き声が、腹立ちやイライラにならず、よしよしと愛おしさを呼び起こすのです。体験によって情動が変化したということ。しばしば女性が、よその赤ちゃんの泣き声を聞くと乳が張るとか、母乳が出るとかいう話も聞きます。私にはその感覚もわかるような気がします。

何れにしても愛という言葉は曖昧で不可思議、その人の体験によっても変わるものだから、単純に語るのは危険です。で私自身は、友愛とか人類愛的な意味では気軽に「愛してるよー」というけれど、個人的な恋愛感情や性愛を含む場合は「愛してる」とは言えませんし、ほとんど言ったこともありません。なぜなら、その人の全人格とか体験を理解しているわけでもないし、受け入れてるわけでもないのに、軽々に「愛してる」というのは無責任で軽率だと自分で感じてしまうから。むしろ、そのお尻たまらん刺激的、とかあなたとセックスしたい、という言葉であれば、私の考えでは不一致は起こらないのです。愛してるとも言わずにやりたいなんて・・なんて軽い男・・って言われそう(笑)いいけど。

で、昨夜の大阪ワーク、私は坐骨神経痛で動けず、大阪会場はあおさんにお願いして、私は京都からオンライン参加。全員で十名くらいの集まりになりました。テーマは同じく・・・人数はそこそこいたけれど・・初参加の方も何人かいて、愛というか、夫婦の問題が多く語られました。結局は、ここでも問題は「愛」に行き着いたようだけれどね(笑)

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