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日本家族再生センター

日常

私の愛した、愛さなかった女たち ②

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昨日の女ワーク、相変わらずリアル参加は少なくて一名、オンライン参加は新規参加二名含めて六名、合わせて七名の参加。ワークは本人の動機付けを確認するワークを。新しい方は、他人の評価、承認の動機が多いのに対して、ベテランズは自分の欲求とか好奇心とか、動機も変化して行く傾向があるようです。まあ、それも当然と言えば当然、親や夫の顔色をみて暮らす生活が破綻し、ワークを重ねることで、自分の感情や価値観を大切にすることが自然にできるようになって行くのだものね。

さらにベテランズは、何人かが「愛」という言葉も使いました。義務感で行うことと、愛情で行うことと、一見同じ行為でも、自分の心の中は大きく違います。愛であれば、自他共に豊かになるけれど、義務であれば、心理的には負債が一方に残ります。けれど、この「愛」結構難しいんよねえ・・依存や支配と混同されやすいし、感情だから、変化もしやすいし・・・。けれど、不安や憎しみよりも、愛に満たされてた方が、幸せなことには間違いないし、あふれる愛は他人にも幸せをもたらすしね。

もちろん、私は人生を振り返って、両親からは無償の愛を頂いたように思うし、それは私の自己肯定感が育つに大いに貢献したと思います。そんな私は、他者に対する憎しみや不安にはさほどとらわれることなく、比較的自由に暮らすことができたように思います。だから、他人に対する不信感や、恐怖をあまり感じずにこれたけれど・・・昔々

小学二年生の時に、ある日から制服になることとなりました。私の母親はミシンを使える人なので、気楽に、ハイ学生服ね、とそれらしきものを作ってくれたのですが、当日登校してみると、みんなおんなじ制服を着ています。手作りの制服らしきものは私だけ・・やばっ・・

子供ごころに、冷やかされたらどうしよう、貧乏人と言われたらどうしよう、と、一日ビクビクして過ごしました。で、一日が終わり、誰一人私の服装をとやかくいう人はいなくて、ホッとしていました。が・・授業終わりのホームルームで・・ひとり、そのことを言った人がいました。どうがきうちせんせです。「味沢くん、立ってごらんなさい、手作りでも立派な制服です」と。

私はその正論に対してとっさに反論できず、だまってうつむくしかありませんでした。なんか変・・なんで、自分が立たなくてはならないのか・・・今なら、その正論に対して論駁もできますが、当時の私には違和感だけは感じて、その違和感を母親に伝えることもできませんでした。話せば母親も辛くなるだろうから・・とそれくらいのことはわかります。母親にそのことを伝えたのは30年後のことでしたが。

それにしてもなぜ、せんせは私を立たせたのか、正義感だったり思いやりだったりしたのでしょうけれど、当事者の心理を理解しない、自己満足のための発言だったのでしょう。手作りの制服が立派であるはずはありません、制服を買う金がないという事実をあからさまにすることが、子供の心理にどう影響するか・・少なくともクラスメイトは誰一人そのことに言及しなかったのにね。子供たちの方がよほど大人です。

そのどうがきうちせんせ学年の修了式の日に、子供たちに向かって話すうちにさめざめ落涙してたけれど、私はなんかしらけてて、「ひとりで盛り上がってる、やれやれ・・」と。たしかにどうがきうちせんせ、若くて熱心だったし、憎らしくは思わないけれど、わたしからみたら独りよがり、なんよねぇ。こどもをなめてたんかもね。

嗚呼、性格悪いね、7歳の私。子供の頃から女を醒めた目で見てるし、深い思慮のある「大人の女」に憧れてたんでしょうねえ。話はまったく変わるけれど、私の憧れる思慮深い女は、どうがきうちせんせのような、ペラい正義感やいっときの世情に流される女ではなく、物事の本質を見抜き、自分の意見を堂々と表現する、たくましい女なんでしょうねぇ。例えばMee Too運動に異議申し立てをした、カトリーヌ・ドゥヌーブ・・https://bunshun.jp/articles/-/5929

ドヌーブの美しさに憧れてた思春期の私。ただ美しいだけじゃダメなんよねぇ、ほんとぜーたくな私だわ(笑)
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