カウンセリング日記 支援・援助論

昨日も濃い一日でした。認証研修会。

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昨日はほんと濃い一日でした。何がって対話が。メンズカウンセリング協会恒例の認証研修会は、いつもこじんまりとした集まりで、今回も6名の集まりでした。いわゆる事例検討会をかねた研修会ですが、誰かが教え導くという形にはしておらず、相互に語り合い学び合う形です。

近況報告の後、私からのトピックニュースとして7月に施行された、強制性交罪について、それがどのようなものか解説しました。さらに、男性被害、女性加害のケースがセンターでの支援でもちらほら入るようになってきたのは、時代の流れということと、これまでのDV支援では間に合わなくなってるということの表れとも。

個々の支援を深く見る視点と、様々な事例を重ね合わせてみることで初めて見えてくる構造的問題と、そのミクロからマクロまでをズームイン・アウト出来る支援はどこにもないでしょう、多分。あっゲシュタルトはそれに近い視点を持ってるか。とはいえ、ゲシュタルトも社会病理としての権力構造を問題視してるわけではなさそうだし。

それに、病理の時間軸、クライアント本人の今を起点に生育のトラウマティックな体験はもちろん更に世代を遡って問題の連鎖における心理的な影響を分析しつつも俯瞰すること、逆に今から将来に起こりうる可能性について、自由に物語を紡ぐ多様な視点と思考の柔軟性・・・・。

これらの視点で援助実践しているのは今の所メンズカウンセリングだけでしょう。で、具体的なケース検討について語り合ったけれど、実はケースとして取り上げた、先ほどの男性被害、女性加害のケースの支援のあり方を語るうちに、参加者それぞれの当事者としての体験を語り合うことになりました。

何人ものカウンセラーに関わったけれど、ちっとも楽にならなかったのは、カウンセラー自身がクライアントの言動に対する防衛として、セラピーとしては不適切な言動を行っていること、が理解できた、と語る方や、他人との対話で他者に理解されない自身の感覚が、自身の生育からくる情動のプログラミングに由来することをうすうす理解してたけれど、それが構造的な問題だったと理解を深められたと語る方。

いわゆる専門家を作るアカデミズムの現場がいかに軽薄で問題を抱えているか、外部では聞けないことを語られる方・・・

などなど、セラピーの理論を理解した当事者が自らの体験を語り合うことで、自身に起こったことがどういうことだったのか、自身が回復しつつあるのは何故なのか、など、それぞれの人生に深く関わる理解を得られたこととおもいます。

世間の支援、それが行政やアカデミズムに依るものが多いと思うけれど、それらが金と権力に依拠している限り、問題を解決するための支援が支援を維持するために問題が必要、という本末転倒な結果にならざるを得ないということ。

世間の女性相談があまり女性の支援に役立っていないということが言われる現在、男性支援を手がける行政もちらほら出てきているけれど、そもそも男性問題を当事者の視点で理解し支援する理論も実践もないいわゆる専門家がやってる限り、それは女性支援の二の轍になることは確実。はっきり言って無駄、無意味でしょう。

家族間暴力はジェンダー問題をはらむけれど、それは男と女の対立軸の問題というより、権力と依存、経済と心理の問題だし、性別、加害被害、年齢を超え、ワンストップで支援できる複合的な支援であることが必要。

私のところでは、シェルター、グループワーク、カウンセリング、アドボカシー、グルメナイト、面会交流支援、などなど、様々な支援を行っていますが、そんなことを理論化し実践してきているのはメンズカウンセリングだけ、と自負するけれど、こんな深い理解を可能にした対話がたった六人だけしかいないってのが、ほんともったいない・・・世界の損失なんちゃて。(笑)

研修合間のランチはトムヤムそうめんと焼きそばと。どちらも美味かった。

 

 

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