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死刑で犯罪が減らせるか? 

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今朝の新聞に日弁連が死刑廃止の方針を打ち出したとか。私に言わせれば遅きに失してる感は否めないけれど、国民性を考えるとまあ致し方ないかって所。

死刑を廃止していく世界的潮流の中で、死刑を維持してる先進国は日本とアメリカくらいのもの。イスラム諸国やインド、中国、南アジアなどの国々は死刑制度が維持されています。まあその国の国民の人権意識が反映されているのでしょう。そういう意味では、日本が死刑を維持してるのもさもありなんという所。政治家も国民も人権意識が低いもんなあ。

事件が起こった時、マスコミは被害者遺族にマイク突きつけて、何か語らせようとするけれど、遺族がその後どのような感情に至るのか、追跡して報道することはありません。

事件直後に語れば、怒りや悲しみそしてそこから沸き起こる報復感情が言葉になるのは当然のこと。けれど、それをして被害者はみんな極刑を望んでるとの報道にすり替えるのは、問題です。

日本は諸外国に比べ殺人を含む凶悪な事件の発生率はとても低く安全性という意味で言えば世界でもトップクラスでしょう。なのに、事件が増加しているような報道をし国民の不安や報復感情を煽るのはいただけません。

なぜ死刑を行うのか、いろいろ理由はあるでしょう。北朝鮮のように政権に不都合な人間を粛清するために殺すという国もあるでしょう。中国はそこまであからさまではないけれど、不都合なジャーナリストや文化人を逮捕し続けています。

フィリピンは建前では死刑制度は廃止してますが、ドゥテルテ大統領就任以来、麻薬取締と称して、裁判抜きの現場での警察官による恣意的な射殺が横行しています。

貧困にあえぐアフリカ諸国や戦乱の続く中東では武装勢力による虐殺や集団レイプ、拉致、奴隷の売買や過酷な強制労働が横行しています。

先進国は死刑を人権に対する罪と考えているけれど、そこに至る歴史をみれば、ついぞ百数十年前までは異民族を略奪し殺し、奴隷とし売り買いしていた事実もあります。ナチスによるホロコーストの事実もあります。もちろん日本も例外ではありません。

多くの国が戦後死刑制度を廃止して行ったのは、国が人を殺すことを否定して初めて、人が人を殺すべきではないと言えるとの考え方もあるでしょう。また、死刑が新たな怒りや憎しみを誘発するという連鎖の危険性もありますし、死刑では犯罪を抑止できないという現実を受け入れたということもあるでしょう。

何れにしても、人が人を殺すことに対する国民の拒否感があるのだろうと思います。けれど、人は現実を冷静に理解できなくなると、不安や恐怖にとらわれ容易に憎しみや怒りに支配されてしまいます。そんな感情が暴走した人たちは、日常では考えられない残虐な行為も笑いながら行うことすら可能にしてしまいます。

そんな状況において、人が人として自分を冷静に客観視することができるか否かで、行動に大きな差が出てきます。が、戦場の兵士やテロリストの心理は冷静に人を殺せるよう訓練を受けますが、現場での過酷な体験はいずれしばしばその人の人格を破壊してしまいます。

人はなぜ人を殺すのでしょう。そのことと、国が人を殺すことと同列に語るのは問題を解決することには繋がらないように思います。殺人事件の問題と、死刑による殺人と、動機は全く異なります。

人が人を殺す動機は情動によるけれど、その情動は過去の体験や学習に基づきます。それは社会的な問題に由来するといっても過言ではありません。社会の問題に蓋をしていれば殺人事件はいつまでも起こり続けるでしょう。けれど、日本政府はその社会の問題に蓋をして死刑で問題解決したと思わせるために死刑を維持していると言えなくもないのが現実でしょうか。

その社会問題が拡大し、内乱や戦争、テロに発展していくと、暴力は拡大連鎖していきます。その悲しみの構造で利益を得る人たちがいるだろうし、その人たちは利益で政治や経済を支配しようとしていきます。アメリカであれだけ銃による殺人が多発しているのに銃規制ができないのはそこに利権構造があるからと言えなくもないでしょう。

死刑に賛同する方達に理解して欲しいのは、国が人を殺すことを認めれば、国に守られない(と思い込んだ)人は国に頼らず、自ら人を殺すこと(殺人)を是としますよ、ということ。これが人間の心理です。

事例をあげれば池田事件の宅間くん。彼は社会に挑戦し勝利しました。反省も謝罪もないし勝利宣言をして死刑を甘受しました。いつまでも勝利を謳われては困るから政府はさっさと死刑にしたけれどね。

その後も秋葉事件が起こったし、死刑にして欲しいから事件を起こしたという人たちが続きます。相模原事件も、悪意というより正義のつもりで事件を起こしています。死刑は事件を防げません。むしろ問題を隠蔽することで、事件の再発を誘発し、社会的な連鎖を起こしてしまいます。

不幸で痛ましい事件を防ぎたいと思うなら、死刑ではなくて、社会病理に対する理解と対策を真剣に考えて欲しいものです。死刑で悪人を殺すことで自らの報復感情を満たしたいだけだというのであれば、死刑に賛同してください。

私は暴力が何か、どうすれば暴力を終わらせることができるか、それを理解し非暴力支援の中で実践している者として、死刑にもテロにも戦争にも反対します。そして問題の根本である差別と貧困にも反対します。問題の構造に加担しつつ、死刑を是とする生き方はしたくありません。極力貧しい人たちに思いを寄せ、自らの暮らし方、働き方について常に自戒できる自分でいたいとも思います。

そうそう、死刑といえば、十数年前のショーン・ペン主演の「デッドマンウォーキング」は良かったです。死刑を宣告された死刑囚が、どうして事件を起こしたか、死刑宣告されて執行までどのような心理になったか、その心のドラマがとてもリアルに表現されています。私のオススメです。

ついでに今朝の新聞にほんの少し希望も見えました。

五十年の内戦に終止符を打ち、悲しみの連鎖を終わらせる機会がやっとやってきたけれど、家族を失った多くの人たちの痛みは、まだまだ癒されるには時間が必要かもしれません。

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