ネオが我が家にやってきて半年経ったけれど、だいぶん私の指示に従うようになってきました。リードをどんどん引っ張ることなくほぼ大人しく私の横を私のペースに合わせて歩くようになりましたし、お座り、伏せ、待て、来い、の指示に従うことができるようになりました。
「待て・来い」ができるようになったネオ
ところが連れ合いだと、なかなかいうことは聞かず、ぐいぐいリードを引っ張って先さき歩こうとします。連れ合いは強くコントロールすることがないので、ネオは連れ合いの言うことは聞かなくていいと認識しているようです。
教えるってのは、人も犬も・・相手に合わせてってところだと思うけれど、最近、シンママで息子の暴力・暴言に困り果ててるクライアントが何人かおられるけれど、仕事、子育てでいっぱいいっぱいで、じっくり子供の気持ちを聞いてやるゆとりはありません。
子供も、母親の状況を理解するにはまだ少し幼いようで、お互いゆとりのない状況で感情がぶつかりあつてしまいます。一旦、感情的になってしまうと、なかなかクールダウンもできません。そんな時、一応緊急コールの一環として、電話かけていいよとしていますが、ここ最近、ケンカになった時にコールしてくることが増えてきました。
で、私は双方の状況なり気持ちなりをお聞きして、感情を収めます。ジャッジすること、説教することはありませんが、お互いがどうすれば気持ち良くなれるか、一緒に考えていくと、だいたい、問題はおさまります。誰がいいでも悪いでもありません。問題が起こる、変えようのない状況もあるし、私が変えることもできません。が、ヒートアップしたそれぞれの気持ちを聴き、ジャッジすることなく、受容し共感することで、なんとかおさまっていくから不思議です。
ほんとジャッジや説教は、あんまり意味ないんよね。認知が歪んでいくだけのような気がします。人と犬と一緒にするわけではないけれど、犬はなかなか人の言葉の意味を理解しませんから、その意味を教えていくには、指示と動作を関連づけて繰り返していく必要があります。
人は言葉を理解しますが、情動は考えた通りに動くわけではないので、ここはワンコと同じ焦らず、大人は感情的にならず、子供の感情を受け止め、行動の意味と結果を繰り返し説明していくことが求められます。が、そのためには、中立的な立場に立てる大人の存在は大切です。が、たいていの大人はジャッジしたがるし説教したがるし、子供の感情を受け止めることはなかなか難しい。そう言う意味で、私は子供に寄り添うおじいちゃんのような立場で接していることになるけれど、これもまた家族機能を付与した支援・・・疑似家族の面白さかもしれません。