しばしば、子供が学校に行かなくなった、どうしよう、と悩んで来られる親のお話を聞かせていただくことがあります。そんな方に私は「問題が早く表面化してよかったですね」と答えます。問題が起こった、どうしよう、と考えている親にとって、不可解でひょっとして失礼にあたる言葉かもしれません。
けれど、私がそのように答えるのは、問題が起こらなくて、十年二十年経って問題の根が大きく深くなってとても大きな問題になった方のお話を聞くことも多いから、その時の苦しさや不幸に比べたら、問題が小さいうちに解決できるのはとてもありがたいこと、と思うから。問題が起こらない、それが問題だ・・・。
わけのわかんないパラドックスのような言葉・・・ナラティブで言う「問題が問題だ」に近い言葉かもしれません。例えて言えば癌のようなものと言えばいいのかもしれません。癌細胞は初期の頃は、痛みも不快感もなく、無症状だから本人も気づきません。症状が出始めても、痛み止めでごまかしてたら、なんとかその場はやり過ごせるけれど、確実に進行していきます。
やがて癌細胞は組織に浸潤したり転移して、切り取ることも放射線で焼くこともできなくなって手遅れになってしまいます。なんとか命を取り留めても、臓器を取り除くので、排泄ができなくなったり、声が出ない、など重大な困難を抱えることになってしまいます。
将来に大きな問題が起こることを予見できると今の選択を誤らないけれど、将来を予見できない、あるいは表面的な問題に隠された大きな問題に気付かない人たちは、今問題がないからこのままいけばいいと判断してしまいます。
その予見するとか真実を見抜く力、そして自分で考え自己決定する力・・・これが人の基本的な能力だろうと思うけれど、残念ながらこの力を多くの人たちは持ち得ていないんだろうなあとも思う私。
これは私が賢いからそのように考えているわけではなく、むしろアホだからそのように考えられるという、これまたパラドツクス。実は賢い人は与えられた課題をこなし、社会に適応する能力も高いので、問題は表面化しにくいものです。けれど、実はそこに落とし穴があります。与えられた課題に適応することで課題を与えた者にたやすく支配されてしまうということ。そのことに気づいていません。
社会や人間を根底から理解し、自分と世界を上手く調和することができた上で、様々な学びを得るのはとても大切なことだし本人だけではなく社会や人類に取っても有益なこと。けれど、自分で考えられず人に支配されている有能な人はとても危険です。その危険な人をどんどん作り出しているのが今のアカデミズムでしょうか。文科省に予算を握られ支配されているアカデミズムでは、政治と離れて真実を追求することはできません。時の政権の都合良いことしか研究もできないし、教育もできません。
ほんとはね、自分の心や体も宇宙の歴史の一部なんだけれど、その宇宙の力を自分の体や心に感じつつ、その力を自分として自己管理し、世界と調和する、それが真実の学びの意味だしその学びは自身だけでなく、他者や世界も豊かにする。
逆に自身の心や体を抑圧してコントロールするための知識だけを詰めむのが現代のアカデミズム。そのアカデミズムに学んだ賢い人たちが社会を動かすから、政治や経済を支配する人たちには、なんとも好都合。医療も福祉も司法も・・・あらゆるところで人々が困難を感じ始めているのも、そんな人たちが社会を動かしているからと言えなくもない。
そんな私・・・テロはやらないよ。けれど静かに人の心に「愛」をインストールさせるウイルスを感染させたいと思う。(笑)暴力では世界は変えられない、金では世界は救えない、力や金を人のために使う、その仕組みを考え構築する人が増えてほしい。無力でアホな私にはそれを自分で行うことはできない、だからから、私はアホウイルスをばらまいて感染させたい。
社会の不条理で傷ついたり困難に陥った体験をお持ちの方、感染しやすいので気をつけてくださいねー。ああっ幸せになりたかったら、早く感染した方がいいですよー。失敗してそのことに気づくのは早けれは早いほどいい。学校なんか行けなくても、行かなくてもいいからねー。もっと大事なことがあるからねー。
そうそう、今度水曜、寝屋川で、私もコラボする講座があります。ちんまい集まりなので、たぶん私のこんなこいー話が満載になるとおもう。興味ある方、7/6水曜12:30〜寝屋川です。覗いてみたい方、ご連絡あれー♡
百均で買っても良く育つ
土はなくても育つのもいる
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