日本家族再生センター

みんなの味方・・・悪人を作らず・・・ 

昨日は調停中の方からお電話をいただきました。不安になったり、わかんないことがあったら調停の待合時間に電話してねと、お伝えしてたから、さっそくかけてくださいました。

私は弁護士ではないので、法的な助言はしませんが、本人の不安や怒りなどの感情には寄り添い、本人が冷静に状況に対応することができるよう、心理的なサポートをさせていただきます。調停であれ訴訟であれ、感情的な発言は、関係者に誤解を与え、本人の主張を歪めて伝えることになってしまいます。

彼だけではないけれど、妻が突然家出した、とか、保護命令を出されたとかで繋がって来られる人も少なくありません。もちろん、いわゆる加害男性とされる方たちだけでなく、DVを受けて家を出た、とか保護命令を出したいとか、そんないわゆる被害女性の支援もさせていただいてます。

いずれの場合でも、極力双方の話を聞けるよう、双方との関係づくりを模索することが多いのも事実です。司法では、善悪をジャッジするのがその仕事で、弁護士は代理でその戦いを行うのが仕事。離婚して慰謝料、養育費を取るために戦うことが基本戦略になります。

けれど、家族の場合、単純に善悪でジャッジできるものではないし、金をむしり取ったところで、かならずしもその金全部がが本人のところに行くわけでもありません。また戦いでお互いが深く傷つけば、離婚後の関係は完全に破綻してしまいます。

離婚するにしてもしないにしても、みんなが幸せになるには、どのような関係になればいいのか、今の関係に不足しているものは何か、お互いが自分の問題に向き合ってみるのはどうか、など双方の対話を重ね、お互いが納得した結論に至らないと、いくら書面を取り交わしても、裁判所が取り決めしても、だれも幸せにはなれないのが本当のところ。

そういった意味では、修復的な価値観には程遠い今の日本の司法では、家族問題における修復的な結論は出しようがありません。結局どちらかを悪人にし、家族解体と金のむしり合いになるだけ。だれも幸せになれません。

そんな司法に頼らず、家族みんなのしあわせにつながるような支援を心がけたいと思う私です。たとえ加害者と言われる人であっても、加害行為に至る歴史には様々な体験があったろうし、その全てが本人の意思と責任に帰するものではありません。

結果としての加害行為であってもそのプロセスに対して援助者が敬意や尊重の態度で聞き込めば、本人はその加害行為を受け止め、脱暴力への動機にもなりえますし、真実の謝罪や償いにも至ります。

加害行為を批判しても処罰しても、本人が納得してなければ本当の脱暴力には至らないだろうし、人生が変わることもないでしょう。巧妙な加害者になるだけかも知れません。

そんなわけで、夫婦がもめた時、できるだけ早く私につながってほしいもの。いわゆる加害者と言われる人たちでも、被害者と言われる人たちでも・・それぞれが早々にわたしに繋がってくれれば、不毛な対立になることを防ぐことが可能です。

昨日の彼・・プログラムを受け、カウンセリングを受け、自分の問題と向き合ってきたし、そのことを真摯に相手にメッセージしてきたけれど、相手方からは、意思も感情も伝えられることはなく、離婚というカードを手に、本人に対する理不尽とも思える請求をしてきました。決して相手本人の意図とは思えず、最大限の法的利益を確保しようとする相手方弁護士の戦略でしょうけれど。

とりあえず、そんな相手方の動きに対して、どうすればみんなが幸せになれるか一緒に考えようということで、また今日も相談の予定です。

そんな彼とのカウンセリングの後は、家人の晩御飯を作って、夜バスです。明日はまた銀座で東京の皆さんとお会いできること、楽しみにしています。

昨夜のデイナーセラピーはとんかつナシゴレン定食でした。ガドガド、トムヤムクンつき。

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