昨夜は男ワーク、出足は悪かったけれど、遅れて参加の方もあって結局九人の集まりとなり、ほぼいつものような集まりになりました。
ファシリはテルさん、ワークは「対話スキル」で、対話における反応の意味について実感するワークでした。共感的態度で対話が弾むことや、否定的な対応で対話がなくなっていったり、ネガティブな感情が刺激されたりすることについて、理解していただきました。
対話の際に、相手に刺激され無意識のうちに対応している私たちですが、自分の感情や思考をきちんと意識化し、私を主語にして語ること(私メッセージ)でスムーズな対話になり、相互理解が進み、対人関係もより良いものになつていきます。
日本語は主語を使わない対話が一般的だったり、感情について語るのがはしたないとの価値観もあり、対話をうまく行い、良好な人間関係を維持するのが下手な人が多いのが現実です。そんな方は常識とか一般論とかで対話しがちで自分の気持ちや考えを語るのが不得手だし、相手の気持ちを理解し受け止めるのも苦手です。結果、モラハラやDVになりがち。
人の言葉や行動は、理屈で考えたり動いたりしているように思うけれど、実は理屈ではなく、情動がもともとの動機です。この辺りはフロイトが言ってること、まんざら嘘ではないでしょう。理屈は情動を正当化するために使われるといってもいいかと思います。
そもそも情動は生物としての自然な動きなので、人の価値観に沿って動いてるわけではありません。ある意味、理不尽だったり非合理なものでしょう。その合理、非合理の不一致が自我の葛藤を生むと理解したのはフロイトです。その非合理が人の生き方に多様性、柔軟性を与えると理解したのはユングです。どちらの考えも一理ありますが、要は私たちが対人関係において、自己受容し相互理解を深めることで、生きるのが楽になるということ。
暴力やめろ、認知を変えろといくら正しいことを諭したところで、人の無意識領域に対するアプローチなくして真の行動変容には至らないでしょう。昨夜はそんな基本的なアプローチのワークでした。参加者の皆さん、ファシリのテルさんお疲れ様でした。
で、今朝は天気も良さそうだったし、寒さも和らいでたので、久々に事務所までの二キロを歩いて通勤しました。ひと月ほど前の階段踏み外し、捻挫事件からほぼひと月、そろそろ痛みもなくなってきたので、リハビリやら様子見をかねて、歩いてみたというわけ。
三条通りをのんびりと・・・水仙は花盛り
ピンクの花は・・? 白いのは馬酔木(アセビ)
ゆっくりのんびり・・歩くのも気持ちいいもの。やっぱり足腰はいつも使ってないとね。