アルコール、ドラッグ、セックス、ショッピング、暴力、自傷、摂食障害・・などなど依存は心身によくないからとか反社会的だからとかでやめるべき悪癖、というのが世間の価値観だし、そんな悪癖をやめさせるべくあれこれセラピーしたり、指導、教育したり・・そしてそのための予算がついて・・・
結局金が動き出すと、その仕組みで飯食う奴がでてくるから、飯のためには仕事をなくすわけにはいかないし、何かに依存する当事者がいなくなっては困る、という本末転倒した結果になってしまいます。ナラティブで言うところの問題がシステムを作るというところかな。
そもそも、依存行為とはなんでしょう。なぜに依存行為がなくならないのでしょう。このあたり、別の視点から見てみたいと思う私だけど、依存行為がいいか悪いか、誰が決めるのか、誰にとっていいのか悪いのかしっかり見極めたいもの。
というのはねぇ、ギャンブル依存があるとして、多額でも自分の経済の範囲でやってる分には問題にはなりません。自傷行為があるとして、多少の痛みやら傷跡は残るとして、他人に迷惑かけるわけでもなければ、構わないと思うけれどねえ。それをやめさせようとして、周りが大騒ぎするから問題になるだけだし。
依存行為と、そこから派生する問題について、誰の問題か何が問題かはっきりと切り分ける必要があります。依存する側にしてみれば、生きていくための様々な心身のバランス維持に必要不可欠な行為が依存だから、やめれば、別の問題が起こるのは必然。
なぜ依存行為が必要なのか・・・それはね・・・一人一人を大切にしない社会の問題があって、その問題のとばっちりを受けた当事者が孤立しなお生きるために自分の心身を安定させるための行為・・・と言えなくもない。
薬物依存が「寂しさの病」と言われるように
https://ameblo.jp/narumin500/entry-12117476451.html
単純に善悪では計れない問題です。
私に言わせれば、そんな社会でもっとも悪質なのは、権力依存で個々人を抑圧しても平気な権力者・・・例えば様々な見えない害毒を撒き散らす、あほしんぞうとかいう奴こそ、いっときも早く拘束衣で縛り付けて保護室にぶち込みんで、権力依存を矯正したい。
そんなやからがいなくなれば、ずいぶん住みよい社会になって、病的な依存や依存からくる問題行動はずいぶん減るのではないかな・・・そんな気がします。
えっ、私 ? 私は問題となるような依存はないし、依存があるにしてもとてもヘルシーで生産的・・・それはねぇ、見切り品、特売品の買い物依存やら、料理に逃避してしまうほどの料理好き・・・でもねぇ、これって誰も迷惑せんのよね。喜んでもらえることは多いけれどね。
ちなみに今日のお買い物は・・・
ブリ大根、フルーツタルト、ポテトサラダ、レンソ白和え・・ああっいろいろ作れる♫